概論

薬ができるまで

1.テーマの設定 2.探索研究 3. プロトタイプの選定 4. 薬物スクリーニング(非臨床試験) 5. 実用的生産法の決定と製剤研究 6. 臨床試験(第1相から第3相) 7. 申請・審査・承認 8. 市販後医薬品調査 9. 市販後臨床試験(第4相試験) 図−薬ができるまでの流れ

1.テーマの設定

薬を創ろうという研究をはじめる動機付けはいろいろありますが、参考にされるであろう資料を列記します。

1.疾病統計

薬が標的にする病気あるいは不具合を選ぶのに統計データが役立ちます。政府関係の統計については総務省統計局が整備し、独立行政法人統計センターが運用を行っているe-Stat:政府統計の総合窓口がポータルサイトとして便利です。ユーザー登録をするとアラートサービスを受けることもできますし、統計関係リンク集やキーワード検索の機能もあります。
世界的な資料ですと、WHOのGlobal Burden of Disease(GBD)のSTATISTICSが便利です。
特定の集団(コホート)の疾病統計の文献はPubMed?や医学中央雑誌などの文献検索に頼ることになります。
疾病の統計でよく眼に触れるのは人口動態統計の死因です。これは死亡の届け出に記載された(添付された)死亡診断書または司法解剖の結果による実数です。傷病統計は一定の期間に医療機関が診療を行った対象となった疾患名のサンプル調査に基づいた人口十万人あたりの有病率です。

2.市場調査

薬事工業生産動態統計は厚生労働省の規則に従って昭和27年より年報が公表されていますが、工場出荷額の統計になっているので厳密な意味での市場統計(商業統計)ではありません。薬の市場統計の主流はサンプリング調査に基づく推定値(数量)を保険薬価に換算したものです。世界的にはIQVIA社のものが有名です。国内でも数社が実施していますがいずれも全体としては高額なものです。

3.新しい治療標的のヒント

・正常な機能から

正常な身体の機能に必要な物質とその細胞や組織の入れ替わりにはまだ解明されていない部分が沢山あります。それらの物質の欠乏や過剰、輸送を含む調節機構に関わる新しい知見は治療標的の設定に役立ちます。

・異常な機能から

疾病に際してその症状を起こしている身体の機能と原因となっている物質の変化(病態生理)についてもまだ解明されていない部分が沢山あります。疾病の側からのこれらの新しい知見は新しい治療標的の設定に直接結びつきます。

・天然物からの示唆

微生物・植物・動物から分離される物質は生命の発生以来の生理活性物質のアーカイブであるとも言えるでしょう。例えば、アスピリンは合成医薬品の元祖のように思われているかもしれませんが、柳の皮の煮汁の解熱・消炎効果からサリチル酸メチルエステルそしてサリチル酸、さらに副作用を軽くするための酢酸エステル化を経て創られています。天然物の作用は、それが有用であれ有害であれ、治療標的の設定に役立ちます。

2.探索研究

標的の設定ができればすぐにスクリーニングというわけにはいきません。その前に準備することがあります。

・評価法の模索

臨床での薬効と相関があって、しかも時間的・経済的に実施可能な評価法を確立する必要があります。既存の評価法の場合には既存の薬物に類似した物質は評価できますが、まったく異なった物質が評価できる保証はありません。新規な標的を選定した場合は当然に評価法の確立と臨床での薬効との相関に関する検証が必要になります。評価法の模索においては各種のバイオマーカーに関する資料が重要になります。

・既存の治療法の探索

治療マニュアルや診療ガイドライン・臨床試験成績などの既存の治療法を評価した資料からは多くの探索研究へのヒントが得られます。既存の治療法(薬物療法に限定しない)の治療成績、治療側および患者側の満足度や有害事象などは特に参考になります。

3. プロトタイプの選定

標的と評価法の次は候補物質の収集あるいは作成が必要ですが既存の物質ライブラリーが適切である場合は希で、何かのプロトタイプを用いる(あるいは想定する)のが普通です。

・既存の医薬品から

薬効(力価)、副作用の軽減、耐性の克服、薬物動力学の改善などを目指す場合ばかりではありません。他の用途では主薬効となりうる副作用に着目して成功する場合もあります。

・天然物から

生物由来の天然物は生命の過程の中で作られた(あるいは取り込まれた)物質として、生理活性を持つ確率が高いといえます。

4. 薬物スクリーニング(非臨床試験)

以下は候補物質が確定して、商業的な製法や特異的な微量分析法も確立されたあと、医薬品認可を取得するために必要な試験です。

薬効薬理試験

薬効を裏付ける試験です。目標とする疾患(または症状)によって、試験管内試験、摘出器官(組織)試験、正常動物での試験あるいは病態モデル動物での試験など、複数の試験系が必要になります。

一般薬理試験

主薬効に対応する薬理作用以外の薬理作用の有無を強度に関係なく検索します。副作用の発生の予測や、毒性試験の結果の解釈などに必須です。また、薬物が有効な状態で標的部位に到達し、作用し、体外に排出されることを検証する試験(ADME試験)も実施されます。

毒性試験

安全性試験と呼ばれる場合もありますが、安全性は有効性や必要性と関連づけなければ評価できないものです。さらに各試験の観察を裏付けるための病理学的検索を行います。

  • 急性毒性試験:
  • 一時に大量を投与した場合の毒性を見る試験です。複数の動物種(雄と雌)と可能な限り複数の投与経路で、50%致死量(LD50)を算出できる用量で行います。
  • 亜急性毒性試験:
  • 数週間の連続投与を行い、有害作用の累積を探索します。複数の動物種(雄と雌)で、臨床使用時に想定される投与経路で実施しますが、吸入投与など嚥下の可能性がある場合は経口投与も実施します。
  • 慢性毒性試験:
  • 12から24ヶ月の投与を行う試験で長期投与する薬物の有害作用を検索すると同時に、発がん性や前がん状態の誘導の有無を調べます。
  • 生殖発生毒性試験:
  • 生殖に対する有害作用(不妊)のみならず、妊娠中の女性に使用した場合の母体および胎児への有害作用、さらに出生後の成長と発達に対する有害作用を検索します。繁殖動物を使用した催奇形試験や世代毒性試験は大規模な試験になりますが、試験管内や動物への一回投与で実施できる変異原性試験は、他の生殖毒性試験や発がん性試験の予備試験的な性格も持っています。

5. 実用的生産法の決定と製剤研究

前臨床研究で動物や細胞系を利用した有効性と有害性(安全性)の確認が終わったら、いよいよ人体でそれを証明しなければなりません。推定される臨床用量よりかなり低い用量でかつ同位体標識で行うマイクロドーズ臨床試験を除いて、第1相以降の臨床試験は承認後に実際に販売する規格の製剤で実施しなければなりません。したがって、原体と製剤の製造法および品質管理の手順などを確定する研究はこれまでにほぼ終了している必要があります。

6. 臨床試験(第1相から第3相)

臨床試験は人体での有効性と安全性の検証です。

第1相試験

第1相試験は通常成人男性を対象にした推定投与量前後の1回投与から数日の連続投与で実施します。目的のひとつは人体での薬物動態の確認で、代謝が動物試験と大きな相違を示した場合は前臨床試験のいくつかについて追加実施が必要になります。もうひとつの目的は人間固有の有害作用の予測検出です。末梢知覚神経の異常など動物試験での行動観察では検出が困難な副作用があります。

第2相試験

第2相試験の目的は薬効の確認と常用量の決定です。この順序で前期第2相試験と後期第2相試験に分ける場合が多く、前期では背景の限られた患者でのオープン試験により効果を確認し、後期では投与量の段階的増量や場合によっては二重盲検法で常用量を決定します。

第3相試験

第3相試験の目的は既存の標準的な治療法との比較による有用性の評価です。多数の患者をリクルートしてランダム化比較試験を行います。多施設共同研究で実施される場合が多く、そのための臨床プロトコールの作成やエンドポイント設定、データの収集、管理、分析処理など多くの作業が必要になります。

7. 申請・審査・承認

有効性、安全性、有用性のデータがそろったら、厚生労働省に医薬品製造の承認を申請し医薬品医療機器総合機構で審査され認可を得れば認可を得た場所(工場)での製造が法的に認められたことになります。さらに保険薬価の申請と決定を経てから上市されます。

8. 市販後医薬品調査

開発段階での試験対象となる患者は比較的背景が複雑でない患者が多いのが実情です。これは統計学的な感度の問題もありますが有害作用の可能性を配慮する倫理性も考慮も影響しています。また例外的な背景を持った患者がたまたまその臨床試験が実施された時期に該当する診療機関で診療を受ける確率は低いと思います。したがって開発段階での有効性、安全性そして有用性の評価を検証するために製造業者には市販後医薬品調査が義務付けられています。

9. 市販後臨床試験(第4相試験)

市販後に行われる臨床試験の多くは、有効性や安全性の影響する可能性がある特定な背景(肝臓障害、腎臓障害など)での常用量の確認ですが、薬物相互作用や食品薬物相互作用、母性暴露に関連して実施される場合もあります。

図−薬ができるまでの流れ

薬ができるまでの流れ